私が彼と出会ったのは、本当に偶然だった。あの日、いつものように帰り道のカフェに立ち寄って、窓際の席でぼんやりと外を眺めてたの。そろそろ生活がマンネリしてきたなぁ、なんて考えながら。すると、そのときふいに彼が入ってきたのよ。第一印象は…なんていうか、不思議な人。穏やかで優しそうだけど、どこか影があるっていうか。私に気づいた彼は軽く微笑んでから、反対側のテーブルに座ったの。それだけだったんだけど、なんとなく忘れられなくて。帰り道に、彼のことを何度も思い出しちゃった。
それから数日して、またそのカフェに行ったら、彼がいたのよ。完全に偶然。でもその日、彼は話しかけてきたんだ。「君もよくここに来るの?」って。なんか、映画みたいでしょ?でもその時はただ、ちょっとしたおしゃべりをしただけ。でもそのあと会うたび、話が少しずつ弾んでいって、お互いのことを色々話すようになったの。彼の話す声が不思議で、心地よくて、いつの間にか私は彼に夢中になってた。
でもね、ある日知っちゃったのよ。彼には妻がいるってことを。しかも、私の知り合い。正直、頭が真っ白になった。そんなの、絶対ダメじゃん?でも彼に会うのをやめることができなかった。彼も「離婚するつもりだ」って言ってくれるし、私は信じたかった。でも、その頃から、なんとなく違和感を感じるようになったの。彼が言うことや態度に、なんか引っかかるものがあるっていうか…。だけど、それでも彼と過ごす時間はすごく幸せで、やめられなかった。
そして、ある晩。カフェじゃなくて、初めて彼の指定した場所で会おうってことになったの。ちょっと小さなバーみたいな店。人気がなくて、二人きりになれる静かなところだった。正直胸が高鳴ってたけど、少し妙な不安も感じてたの。店について、彼と乾杯して、それで色々話してた。なんでもない話のようで、でもその日彼はやけに過去のことを話してくれたの。子供の頃のこととか、経歴とか。なんか、妙に具体的すぎるというか、こっちが聞いてないことまで話してくる感じで…。それがまたちょっと気味悪くてね。
その後、私がトイレに立った時、隣の席にいた初老の男性が突然声をかけてきたの。「あの男と一緒にいるのか?君、気をつけなさい」って。びっくりして「なんですか?」と聞いたら、「彼、去年ここで見たよ。でもその時の相手は…」と言いかけて、急に黙っちゃったの。それから、何も言わずに立ち去ったわけ。なんなのこれ、と思いながら席に戻ると、彼がじっとこっちを見てたの。なんて言えばいいのかな、その目がさ、まるで私の全部を見透かしてるみたいな感じでゾッとしたのよ。
笑顔のまま「どうしたの?」って聞いてくるんだけど、その声がいつもと違う気がして。一瞬だけ、逃げ出したいって思った。でも、そんなことできるわけないし、何もなかったように笑い返したの。その後も普通に話を続けていたけど、急に私、すごく酔いが回ってきたのね。あれ、さっきそんなに飲んだっけ?って思いながらも、だんだん意識がぼんやりしてきて…。
気づいたら、暗い部屋にいたの。唯一の光は古いスタンドランプだけで、妙なアンティーク調の家具が並んでる。その場にいたのは私と彼だけ。「大丈夫?急に倒れたからびっくりしたよ」って言われて、状況を飲み込むのに時間がかかったわけ。でも、なんか部屋全体に漂う独特な匂いと異様な静けさが不気味でなんか、息が苦しいような感覚があったの。酔いのせいなのか、それとも部屋の雰囲気のせいなのか分からなかったけど、とにかく不安でいっぱいになった。私が「ここ、どこ?」って聞いたら、彼はニヤリと笑って「僕の秘密の場所だよ」って言ったの。その声が、もう私が知ってる彼のものとは思えないくらい低くて冷たい感じがして、全身がザワッとした。でも、足がすくんで動けない。
その時、ふと部屋の隅に目をやったら、何かがあったの。棚の上にたくさん並べられた写真。よく見たら、どれも女性のもので、どれもみんな笑顔だった。だけど、よく見るとその中の何人か、私が知ってる顔だったの。私の知り合い。彼の「元カノ」だって言ってた人たち。まさか…と心臓がバクバクし始めた。私は固まったまま、彼が後ろから近づいてくるのを感じたの。「君もこれから、ここにいる彼女たちと仲良良くしてくれるといいな」と、冷たく囁く声が耳元に響いた瞬間、背筋が凍りついた。
その言葉の意味がすぐには理解できなくて、ただ震えるしかなかった。そして、彼の手が私の肩に触れた瞬間、全身の毛が逆立つような恐怖が襲ったの。逃げなきゃ、どうにかしなきゃ、でも体が全然動いてくれない。彼は背後からじっと私を見下ろしながら、「君は特別だよ、だから大切にしてあげる」とニヤリと笑ったの。その笑顔が、以前のどこか優しい雰囲気なんて微塵もなくて、まるで別人みたいだった。
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